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最高裁判所第二小法廷 昭和63年(オ)924号 判決 1991年3月22日

上告人

深澤秀夫

右訴訟代理人弁護士

斎藤政信

被上告人

長野平農業協同組合

右代表者理事

長田登美司

右訴訟代理人弁護士

相沢岩雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人斎藤政信の上告理由一について

原審は、小林豊(以下「豊」という。)及び小林スヾ子(以下「スヾ子」という。)は、昭和四四年一一月一八日、被上告人との間で、上告人の後見人として当時未成年者であった上告人を代理して、上告人所有の一審判決物件目録一及び三記載の各土地(以下「本件各土地」という。)を被上告人に売り渡す旨の契約を締結した(以下「本件売買契約」という。)旨の事実を認定した上、本件売買契約は有効であると判断した。

ところで、民法八四三条は「後見人は、一人でなければならない。」旨規定しているから、二名以上の者が、後見人として未成年者を代理してした法律行為は、無権代理行為に該当し、未成年者である本人が成年に達した後これを追認しない限り、効力を生じないものと解すべきことは所論のとおりである(大審院明治三九年(オ)第四二四号同年一二月七日判決・民録一二輯一六二一頁)けれども、原審が適法に確定した事実及び記録によれば、(一) 上告人は、昭和三一年三月二六日豊とスヾ子間の長男として出生し、昭和三二年一一月九日祖父深澤夘一郎(スヾ子の父)の養子となったが、同月一三日同人が死亡したことにより、上告人は相続により本件各土地の所有権を取得するとともに、上告人について後見が開始し、上告人の戸籍には、豊及びスヾ子の両名が昭和三六年三月二二日後見人に就職した旨記載された、(二)本件各土地については、本件売買契約前に債権額金一〇〇〇万円の物上保証による抵当権設定登記がされていたが、本件売買契約による売買代金によりその被担保債権等の弁済がなされたところ、本件売買契約の締結については、豊及びスヾ子と上告人との間に利益相反の関係はない、(三) 被上告人は、本件各土地のうち、前記目録一記載の各土地につき所有権移転仮登記を、同目録三記載の各土地につき所有権移転登記をそれぞれ経由した、(四) 本件売買契約締結の後、被上告人において同目録一記載の各土地につき右の仮登記に基づく本登記及び右各土地を含む本件各土地につきその引渡しを求めたのに対し、スヾ子は、いずれは買い戻すつもりであるとして猶予を請いつつ、その占有使用を継続し、上告人も、成年に達した後、同目録一記載の右本登記未了の各土地につき、スヾ子を債務者として第三者のために根抵当権を設定して、昭和五二年一月二〇日その登記を経由したというのであり、しかも、少なくとも右根抵当権の設定登記を経由したことにより右の仮登記の存在を知り得たものと推認されるにもかかわらず、右の仮登記の原因である本件売買契約に関し無効を問題にした形跡は全くうかがわれず、さらに、本件訴訟が提起された後、原審の口頭弁論終結に至るまでの間、上告人が、豊及びスヾ子の両名が上告人の後見人として関与したことを理由に、本件売買契約は無効である旨の主張をしなかったことは明らかである。

以上の事実関係によれば、上告人の実親である豊及びスヾ子は、上告人の祖父との養子縁組がなければ親権者であるが、ともに正当な後見人となったものと考えて、上告人の財産の管理に当たってきたのであって、上告人につき後見が開始した当時、後見人は一人でなければならないことが看過されていなければ、両名のうちいずれかが後見人に選任されたものというべきところ、本件売買契約により前記のとおり本件各土地の抵当権の負担が消滅し、その他豊及びスヾ子の両名が後見人として関与したことにより、上告人の利益が損なわれたわけではなく、上告人も、成年に達した後において、右両名が上告人の財産を管理してきたことを事実上承認していたものというべきであり、しかも本件売買契約の無効を問題としたこともなかったのであるから、かかる事実関係の下においては、上告人は、信義則上、豊及びスヾ子がした無権代理行為の追認を拒絶することは許されず、換言すれば、右の無権代理行為を理由として本件売買契約の効力を否定することは許されないと解するのが相当である。したがって、本件売買契約は有効であるとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響のない事項についての違法をいうに帰着し、採用することができない。

同二について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官香川保一 裁判官藤島昭 裁判官中島敏次郎 裁判官木崎良平)

上告代理人斎藤政信の上告理由

一、原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背がある。

原判決は理由二に、上告人を売主とし、被上告人を買主とする本件土地の売買契約につき、

「成立に争いのない甲第一号証、甲第三ないし第一三号証、第一七号証及び右梨本証人の証言によれば請求原因2の事実を認めることができる」

「控訴人は昭和三一年三月二六日小林豊、同スズ子間の長男として出生し、昭和三二年一一月九日祖父深澤夘一郎の養子となったが、同人の死亡により同年同月一三日後見が開始し、昭和三六年三月二二日豊、スズ子の両名が後見人に就職し、前記売買契約締結当時控訴人は右両名の後見に服していた。」

「小林豊、スズ子を控訴人の代理人、坂本を控訴人の保証人として前記売買契約が締結されたのであり」と判示しておる。

右甲第一号証は、本件土地の売買契約証であるが、同契約証には、売主たる上告人の代理人として後見人小林豊、同小林スズ子両名の署名押印があり、被上告人が買主として記名押印している。

しかし乍ら後見人は民法第八四三条によれば一人でなければならず二人以上の後見人はゆるされていない。

二名以上のものが後見人として未成年者のために為した法律行為は所謂無権代理行為であって、未成年者が追認を為し得る時に於いて追認しなければ当該法律行為は効力を生じない。

(大審明治三九年(オ)第四二四号同年一二月判民録二輯一六二二頁民抄録三一巻六五八三頁参照)

小林豊、同小林スズ子両名が上告人の後見人として被上告人となした本件土地の前記売買契約は以上の理よりして無権代理行為に該当し、上告人の追認無き限り効力を生ぜざるものであって、上告人において成年に達して以来、未だかつてこれを追認したことが無い。原判決が甲第一号証による本件土地売買契約の効力を認めたことは法令に違背したものと判断せざるを得ず、右違背が明らかに判決に影響を及ぼしているものと謂わざるを得ない。

二、<省略>

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